目から鱗?

「塩と砂糖を舐めてみて自分で味が分かる様にならなきゃいけないんじゃない?」





おピアノの練習を楽しく続けるには、私にはプチ目標とプチ達成感が必要です。
いや、これはおピアノに限った事でもなく、私に限った事でもないと思い、
友人に問いかけてみました。

友人は写真が趣味で、自分で撮影散歩に行き、現像し、焼き付けまでやっています。
ほぼ独学、最近半年程ちょっとクラスに通ってたようですが、それ以外は独学です。
どうやってプチ目標とプチ達成感を得ているのでしょうか。


「そんなの次々あるよ~。もっとこうしたいな、とか思って(プチ目標)いろいろ調べたり
   試したりして、ひとまずこんなもんかな?(プチ達成)と思った頃には次こうしたい、ていうのがあって…」


うん、なるほど。普通そうよね。私も「もっとこうしたい」はある。いちおー。
もし自分でわからなくてもレッスン行ってるのでそこでもらって来れる。

そう、私の問題は「ひとまずこんなもんかな?」が自分で分からない事。
今までも再三騒いでますが、こんなもんかな?つまり少し上手くなった、という
実感がどうしても湧かない、自分で分からない。

アウフタクトの練習しててもスタッカートの練習してても、うまく行ったかどうかが
分からない。
レッスン中とかに何度も試してセンセイに
「そうそう、今の感じ♪」と言って頂いても今までとの違いが分からない。
ざっくり言っちゃえば聴き分けられない、という事なんですが……。


で、分からない事にいつまでもぐちぐち言っててもしょうがないので、
そこの所をどうするか。
つまり、プチ目標とプチ達成感をどこで補うか。

最近の論点は主にそこでした。
ええ、仕事は忙しかったですがちょうど頭使わず黙々とこなすだけの内容だったので
そりゃもう先週べったり考えてました。
人はそれを「サボっている」と表現するかもしれません


そして出した答えは…
今までもちょこちょこ思ってましたが、
普通に課題をもらってこなして行く事。

そう、レッスンに通ってる人はほとんどの方がコレを普通に
やっていると思います。
宿題が出て、練習してく。
レッスンで見てもらって、悪いとことかアドバイスもらって、練習してく。
次のレッスンで、
あっさりマルになるか、同じところやりなおしか、新たにアドバイス追加か…

それを何度も繰り返してつぎへつぎへ進んで行く、そのうちその教本が終わって、次へ進んで…


実は私はレッスンに通っていましたが、この当たり前の流れがありませんでした。
そして、この普通のレッスンに私、どうも憧れてるみたい。



「そのレッスンになれば達成感がでてくるわけ?」

「うん!!!だって少なくとも教本が少しずつでも進んで行くんだよ?明らかに前向いてるじゃん!」


「……でも、多分、だからそれじゃダメなんじゃない?
   ちゃんとスタッカートがなったかどうかを自分で聴き分けられる様になる事が今の課題なんじゃないの?
   多分、教本をやって、マルもらって、をやると、それが全てになっちゃって、スタッカートはいつまでも
   聴き分けられないままなんじゃない?
   塩と砂糖を舐めてみて自分で味が分かる様にならなきゃいけないんじゃないのかなあ。」







う、う~~ムなるほど、


なるほどねえ。そうなのかも。


確かにこれだけ達成感達成感、て騒いでる私、ここで、通常のレッスンみたいなメニューを導入したら多分
ウッキウキでなんかしらの教本を前に進める事に夢中になるでしょうね。
もちろんその過程でスタッカートがいつまでも出来なければマルにはならず……
下手したらそこでまたテンション下がるかも。
「この課題は私には不相応なんだ」とか言って。

ありそ~~~~~



ちなみにカノジョが宣った塩と砂糖云々、は私の事です。
はい、実は私味音痴で……は、ご存知ですね?
どれほどかと言うと、上記の通り。
塩と砂糖、舐めてどっちがどっちか分からないんです。
いえ、そりゃ大量に舐めればわかりますよ?キモチワルくなる方が塩です(爆)

皆さんがやってるように小指の先にちょっと付けて…
わかりません。
見分けるときは、見分けてます。ええ、見てくれでどっちがどっちか判断してます(大爆)

カノジョはその事を喩えに出した訳です。

そういわれれば、確かにそうかもしれません。
塩と砂糖の味が判断出来ずにいろんな料理を習ったり、よりおいしくなるような
味付けを習ってもいつまでも物まねでしかない。
自分のものにならない。



だから多分今はカノジョの言う通り、
「上手くなったかどうか自覚が出来るような」耳を育てる事が
必要なのかもしれません。
それはいつかクリアしなければならない道。
それがなければいつまでも楽しい音楽の時間はやって来ず、
それがクリア出来れば、それこそ今の悩みなんか全部飛んでしまう筈。



ただ………
その間どうやってモチベーションを保つか……。

とても有益な意見を手に入れる事が出来ましたが…
問題は振り出しに戻るのでありました……

チャンチャン。

  
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けんば~んさん

ご心配くださってどうもありがとうございます~(;;)
ご迷惑をおかけして済みませんでした。

でも、なんとかなりそうです。


昔、初めて海外旅行に行った時、出来るだけ多くのところを
見て回りたいと意気込み、
ぎっちりスケジュールを組み、朝も6時からホテルを飛び出していました。
目的地から次の目的地まで走ったりもしたものでした。

もちろん海外にまで出向いて朝寝坊する必要はありませんが、もっとカフェでゆっくりしてみても良かったし、ゆっくり町並みを散策してみるのも楽しかったでしょう。

その頃の行動癖となんにも成長していない自分に再度出くわしたようです。
今度こそ、カフェでまったりしてみようと思います。

bamamanさん

はい。続けます。
そして、見つめるものは迷路ではなく、自分です。
そう、方向音痴だからか、スグ迷路に入り込み、今まで何度も迷路を上から見てみるよう努力してきました。
でも、方向音痴なんですよ。
迷路を眺めてもよくわからないんです。
だから私は自分を見つめる事にします。
迷路から出ようとする事はヤメます。


方向音痴だったり、
音楽が分からなかったり、
人間が嫌いだったり、
デザインがキライだったり、

bamamanさんと違う所いっぱいです。だから真似しようにも
うまく行かないんですね。

とりあえず一番くらいトンネルは抜けました。
がんばります。

次の記事へのコメント

かめいちさん、どうしちゃったのですか?
とっても心配です。
なにか、あったのですか?

お近くだったならば直接お話を聞いて
差し上げたいところですが・・。

かめいちさんは
すごく向上心がある方だと思うのですが
それで疲れちゃったのでしょうか?

お休みするのもひとつの方法ですよね。

bamamanさんもおっしゃるとおり
世界が変わるぐらいの
いろんなことがありましたから・・・

どうか・・良い方向に解決することを祈っています。
コメントすることしか出来ずごめんなさい。

続けたいと悩んでいるならば

続ければ良いんでやすよ。
でもさぁ、迷路に入ったならば
迷路の上から迷路を眺めれば 迷路が見えるんすよね。

生の音聴いて見なはれ♪
わいは”絵どうしたら上手くなりますか?”と聞かれたら
右利きならば ご自分の左手を千回デッサンしなはれ!
としか応えられまへんねん。

100回を超えた辺りで 悩みますやろ。
200回でまた違う壁に辺りますやろ。
350回で次の壁…
なんやかやしてやっと千回に到達しやす。
その時はなんとか見えて来やすねん。

壁はまだまだ続きやす。
それだけの事でやしょうかねぇ?!

続ける意志さえあれば
いづれ千回は到達師やすねん。

わい、辛かったのはタッチと響きに気が付いた時やねん。
ほんま、辛かったが遣り甲斐ありましたなぁ…
約3年かなぁ、そこらへんはぁ…
それから見えたり見えなかったりでね、
楽しいかったねぇ♪

そこしずつやったけどね、
耳が肥えて来やした。

もっともっと色々な事に気が付きやした。
師匠が壁を見せてくれやした。
それが2年掛かりやねぇ…
今、自分の廻りに色々ありやして
ピアノは気が抜け手やす。
夢中になれしまへんのやねんなぁ。
でもな、わかってるねんなぁ、この先に
素晴らしい世界が有る事が…
今は 小休止でやす。
いつ始められるのか??

でもね、ここに進んで行きますのやねん。
何故ならミューズの女神に恋してるからね。
でね、真善美に 精進して帰依していくねん、
その苦悩と自分との戦いが 自分をより高みに連れてってくれるねんなぁ♪
わしは 諦めへんねん。
リストの甘い調べ、モーやんの世の中に絶望した、音楽の天才の孤独と
そこが産み出したファニーな悲劇。
ベーの耳が聞こえへん難聴の…無音の響きの中の平和、理想…
ショパンの自然の中に有る光や風の柔らかさ、愛そのものみたいな…
ラフ公のロシアの寒さと暗さ、凍てついた霧の中の幻想。
シューベルトの詩
グリーグの白夜と開けない太陽の暗さ、幻想、渇望…
生きて行く喜びの音達、詩。

僕はそれらに感じ取る喜びを、生きると言う事を
憧れて止む事もしらない。

ま、参考になるのか、嫌な!


ゆっくりと眺めてみて下さいな♪

bamamanさん

なんかメッチャ告別されてますね。まあ、いいですが(笑)

焦る‥
そりゃ焦りもします。ピアノ続けたいのにその道が閉ざされようとしているのですから。
そう、止めたいと悩んでいるのではなく、続けたいと悩んでいるのです。
すみません。

いままで色々ありがとうございました。

生の音楽を聴きにいったらどないだすかぁ♪

美しいものに触れればええんやと、そないに思いますねん。
わいはね、単なる鑑賞者でもええと思いますねん。
焦るなかれ!
自分は自分、ひとはひと!

ピアノやるって 義務なんざなにもないんすよね。
楽しくなくなったら お休みしてみればええんすよ。

やるエネルギーが湧かなければ 辛いでやしょうね。
焦るから あかんのかもしれへん。

皆あの地震から生活のペースが変わってくねん。
経済的問題やら不安やら…そう、あれを境に時代が
全層雪崩的に横滑りしてしまったんねんなぁ。

僕は僕で色々あるねん!
但しわてに関しては 強い意思があるねん。
そう、カナリアなんす。
歌を忘れたらワイは 仕舞やねん。

そう、あらゆるメディアで
わいは デザインしたいねん。
その中で皆にアピールする自分の看板が
ピアノやねんなぁ。

まぁ、単なるアホやねんなぁ。

でな、あんはんの看板メディアに於ける、
或はグラプィックに於ける個性は
オモロいねんなぁ。
そこで踏ん張ってやってるときっとええ事あると思うねんなぁ。

わしなぁアートとして戦ってるあんはんは 素敵やと思うてるねん。
残念ながら わいは…
あんはんに ピアノやら音楽を創る事は 教えられしまへんかった。
申し訳ないなぁ…
でもな、デザイン、アートの広いジャンルの中で
やはりええ知己を得たとは思ってるねん。

また、いづれ こちらの世界に
楽しみとして戻ってこれたらええなぁ♪

焦ったらあかんでぇ!
ゆっくりと成長してけばええねん。

人生はケセラセラやと思うてるねん。
わしもそないになれたらええけどな、
現実はそうもいかへんねん。
でもな、わしも看板に過ぎへんピアノ弾きやけどなぁ
わし、音楽の中でも、ピアノの表現の中でも
愛を歌いたいねん。
真善美…
ま、そないに構えた偉そうな事は出来へんけどな…

あらゆる分野で
わしはデザインを続けたい。
建築も…設計はもぉ出来へんけどなぁ
デザインはチャンスがあればして来まやす。

生きると言う事はどないな事やろか。
わし、生きる為に老廃物をブチ咬ましながら
屁呼気虫でええと思うねんなぁ(笑)

生きるって 息してる事やろなぁ♪
だから 奇麗なものやないやろなぁ。
でぇデザインするねん。そこで個性を刻んで
受け入れられるかどうかは知れへんけどな、
でもそれでええねん。

…最後は静かに消えていくねん。
そこ迄の事やろなぁ…??!
しっかり生きて行きやぁ♪
期待してるでぇ♪

ま、おもろい事しよなぁ…♪

bamamanさん

長文なのは当たり前です。悩んでいるんですから。
そして私は自分の考えや思いは言葉で整理します。
それが一番得意分野なんです。
そう、bamamanさんが想いを音楽に乗せる様に、私は言葉に乗せます。
だからそれを理論、理屈と言われてしまっても対応出来ないんですが…すみません。


そして、鍵盤に触り続けるモチベが保てず、それをどうするか、それを悩んでいます。
今その悩みが大き過ぎて、
耳に聞こえてくるのは
「ピアノやめれば?」「ピアノやめなよ」という呪いの言葉だけで、弾いてはいますが音はまったく聴こえていません。

モチベあげるキャンペーンなのに、余計な悩みが増えてモチベの事なんか考えてる余裕が無い今日この頃です。
はあ。

なんだか皆はん長文でやすなぁ…

モチベねぇ…
鍵盤さわればええだけの事やないすかぁ…


そのタッチ…ああ、良いタッチの感触常時掴めるのに
少しわかりかかって2~3年掛かりやす。
それでも いつも良い響きが得られている訳やねぇっすよぉ!

音の響きとタッチの互換性は 何百回の実感の繰り返しの中で
安定してきやす。
安定したと思って集中力欠くと 落ちて来やす。
いつも状態は揺れ動いてやす。
練習続けてると軸線が右肩上がりのサイン曲線になるんやと思いやす。

頭で考えたり、言葉に定着したくなりやす。
でも、不安定なもんで 都度響きが違う。
その時の集中力でどんどん変化するんでやす。

従ってエチュードの練習で最低限度の低い安定を手に入れないといけないんでやす。

いづれにしても 理論、理屈は後付けでやすなぁ。

悩む前に鍵盤に触る事なんでやすなぁ。
触り続ければ 分って来る。
それしかねぇんでやすなぁ!

tukushiさん

コメントありがとうございます~。

思う様に行動…ですか?私の思う事…
普通に課題があって、こなして行って…
普通の事やりたかったです。どうしてどこからこうなっちゃったんだろ。


課題をクリアする事に満足する、
それに意味が有るか無いか、正解がどちらにせよ、
最悪意味が無かったとしても、ここで挫折してヤメてしまうよりはなんぼかマシだと思うんですが、
そうじゃないんでしょうか…。
て、tukushiさんはマシだとお考えなんですよね(^^;)

よかった、一人でもそういう考えの方が居てくれて…。

なぜ理想論?どうしてそれじゃなきゃだめ?
何故私はそれを強いられる?

答えは一つ、音が聴こえない私におピアノは身分不相応なんでしょう。
やはり「イチから絵を起こせる人」の中に居ちゃいけないんです。ぬり絵の人は。


だって、
自分で音が分かる様になるまで課題は無しなの?
砂糖と塩の味が分かる様になるまで料理はお預けでひたすら調味料を舐め続けるの?

それって趣味じゃなくて修行ですよね。
それが好きならそれでいいですが…
私はそれじゃモチベが保てません。
この4年でもうカラッカラです。


tukushiさんのレッスン日記を読んでて、課題をこなしてる日々が無意味だなんてほんの少しも感じません。
もちろんtukushiさんはちゃんと音が聴こえてるからかもしれないですけどね(^^;)

いつもいろいろおつきあいくださってありがとうございます。助かってます♪

No title

お友達のように自分で自分に必要なことを見つけて進んでいけるのは確かに理想。
でも、それは難しいことも多いんじゃないかな?

ピアノはいろいろな感覚を使うので一応弾けるようになるまでに凄く時間がかかりますよね?
更に自分で聴いて判断できるようになるまでにはたくさん弾いて聴く事を繰り返さないとなりません。
自分で出来るようになるまでの間、いちいち深く考えていたらさっぱり先に進めないです。

確かに、ピアノのレッスンで当たり前にすること、課題をクリアすること、それだけに満足することは意味がないのかも知れません。
でも、私は仮にクリアすることだけが目的になってしまったとしても、それが全く無意味な事だとは思えないんですよね。
なぜか?
課題をクリアする中にも思考が存在するからです。
そこに至るまでに何度も考えて試しいるはずなんですよ、解からないなりに。
何が駄目なんだろうって・・。
”音を聴く”ってことは何度も注意されるはずですから、たとえ今聴けなくていも、聴こうする努力はしている・・。
その積み重ねでいつか聴けたり解ったりするんじゃないかと。

塩と砂糖、舐めてみて味がわかるって事も、同じじゃないですかね?
料理を習って何度も味見を繰り返し、味を見ることを意識しているうちに、些細な違いにも気づくようになる。
自分で判断できないなら、まずは出来るレベルになる事を目標にするしかないと思うし、そのためには弾いて聴く事を繰り返すしかないですよね?
そのための方便として、課題をクリアしていくことは無駄ではないんじゃないかと思います。
先生はクリアしていくレベルを生徒の能力別に設定していますから、全く先に進めないって事はないですし、そのことを了解していれば、充分達成感は味わえます。
自分のわかる感覚で達成感を味わうことがない限り、何時までたってもやる気は起きません。
堂々巡りになっちゃうより、なんぼかマシだと・・。

モーだってベーだって生まれた時から天才じゃないもん。
それ相応の環境があって、それ相応の教育を受けたからそうなったのであって・・・。
あふれるような音楽の中で、来る日も来る日も聴いて弾いて考えて・・。
その中で自分のしたいことを見つける目を持ったのだと思います。
もちろん、嫌だと思わずに続けることが出来たのはその才能ゆえだと思いますが・・。

とりあえずやってみて、違うと思えばそこでやり方を変えてみる、その繰り返しで見えてくるものもあるんじゃないかな?
そう思って、私はひたすら課題をやってます。
1年間続けてみて、ほんの少しですが解るようになってきたこともあります。
だからこそ、間違ってはいないと・・・。

でも、かめちゃんは今までエチュを積極的にやらずにいろいろなことが見えてきているのだから、エチュを進めることに固執することはないような気もします。

目的を目指すための道筋は1つじゃないですから、まずは思うように行動してみてはどうでしょうか?

余計混乱してしまう?(笑)

プロフィール

かめいち

Author:かめいち
________
2007/07/01より、
おピアノ再開組。

それが今はどこ彷徨う

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